水分れ公園 本州一低い分水界「水分れ」
- 2021/06/05
- 23:38
兵庫県では、雨が降ったらその雨粒は瀬戸内海側(太平洋側)か日本海側に流れる。

では、その分岐点は一体どこか?
それを調べるために加古川の下流から辿ってきた。
ここは、兵庫県丹波市氷上町石生にある水分れ公園。
本州一低い分水界である「水分れ」がある場所だ。

真ん中の石柱を境にして、右側に流れれば、分水界の北側へ導かれてここを起点に黒井川、竹田川、土師川、由良川を経て約 70km先の日本海に流れる。

一方、左側に流れれば高谷川、加古川を経て約70km先の瀬戸内海に流れつくのだ。
奇しくもどちらにも同じ距離。
なんと神秘的じゃないか。

公園の中には、人工の滝や

人工の川も整備されている。

高谷川も下までおりれるようになっており、親水公園ってところか。

実際、子ども連れの親子が水遊びに来ていた。

こどもひろば。

氷上回廊水分れフィールドミュージアム(旧丹波市立水分れ資料館)。

𡶌部神社(いそべじんじゃ)。

高谷川に沿って街の方に下りてみよう。

みわかれふぁーむ。
水分れ最初の一滴から畑を作ろう!
水分れフィールドミュージアム 農の学校。

きれいな、というか変わった花。

一つ目の橋 藤の木橋。

並行して走る遊歩道にこんな案内板があった。

春の息吹と秋の紅葉が織りなす杜の小道。

『藤の木橋物語』
昔、地頭 に、石負の玉の大夫という大金持ちが住んでいました。
一人娘の玉姫 は、玉のように美しく近在の若者達のあこがれの的でした。
そのうち、どこからともなく真っ青な直垂 (ひたたれ)をつけたりりしい水もしたたる美しい若者が通ってくるようになりました。その若者がどこから来るのか突き止めようと、腰に赤い糸をつけて後を追っていくと藤の木橋 を渡り、遠い山里の大きな池の深みに入って行きました。
古池の大蛇 の化身 だったのです。
驚いた玉の大夫は、𡶌部の神様のお告げを受け、藤の木橋の藤の木にお願いしたところ、その夜のうちに藤のつるが伸びて橋をふさぎ蛇のうろこがいっぱい落ちていました。
それから、二度とその男は来なくなったということです。

中央分水界と石生の水分れ
ここは日本列島の背骨『中央分水嶺』の線上にあるところです。
今、あなたがお立ちの道路の中央が『分水界』で、前方(北側)の雨水は由良川に流れて日本海へ、一方、後ろ(南側)の雨水は高谷川から加古川へ注いでいます。
左に見える山のふもと「石生交差点」から右の山すそ「水分れ公園」の奥までの1250mの間は全く平地のなかで分水しており標高95.45mは日本一低い谷中分水界です。

くだっていくと

二つ目の橋 おおかみ橋(狼橋)。

『おおかみ橋』
昔、このあたりに狼が住んでいました。この狼をとらえて、売ったお金でこの橋をかけたから「おおかみ橋」と名付けられたと、伝えられています。(丹波史より)
しかし、上となりの「藤の木橋」は「縁切り橋」、下となりの「水分れ橋」は「身分れ橋」。だから、真ん中の「おおかん橋」「おかん橋」は、神様が守って下さる安全な「大神橋」「お神橋」だ、とも言われたと伝えられています。

三つ目の橋 水分れ橋(標高101.04m)が見えた。

国道175号と国道176号が交わる十字路交差点は「水分れ交差点」という。

案内板があった。

日本一低い中央分水界の標識。

『水分れ橋』と『氷上回廊』
この『水分れ橋』は日本一低い谷中中央分水界(標高94.45m、全長1,250m)の中ほどに架けられた橋です。
水分れは「身別れ」に通じる事から別れることを嫌い、嫁入り行列は一つ上流の狼橋(大神橋)へ迂回しました。
加古川水系(瀬戸内海側)と由良川水系(日本海側)の流域がこの石生で近接し、雨水を二手の水系に分ける場所として『水分れ
(みわかれ)』と呼ばれています。
また、山地に挟まれた南北に伸びる細長い低地帯で、両水系を繋ぐ一つの道であり『氷上回廊』と名付けられています。
太古の昔から南北の人・物・文化、さらに生き物が行き交うルートであり、交通の要衝としても栄えました

日本一低い中央分水界の記念碑。

国道175号線(水分れ街道)を西進する。
福知山線を渡って100mほど行ったところの交差点。

石生交差点(三叉路)付近は、なんと標高95.45mという低さだった。
梅雨の時期に一回ここに来やへんかったら気持ち悪いぐらいに毎年来ていた。

やっと来れてスッキリ!
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