敦賀ブラブラ
- 2020/10/08
- 04:05
福井ツアー二日目は、観光都市敦賀をブラブラ。
まずは敦賀港駅ランプ小屋の横に駐車して、松尾芭蕉の句碑が建立されている金前寺にお詣りする。

本尊の十一面観音は、「今昔物語」にも由来が記されている縁結びの「袴掛観音」(はかまかけかんのん)として知られている。

芭蕉翁鐘塚。
建武4年(1337)足利軍と南朝方の新田軍の激しい戦闘「金ヶ崎合戦」があった。
松尾芭蕉が敦賀を訪れたのは、その数世紀後の元禄2年(1689)。
新田義貞が金ヶ崎城から敗走する際、陣鐘を敦賀湾に沈めたという逸話を聞いた芭蕉は、新田軍の悲劇を憐れみ次の歌を詠んだ。
「月いづこ 鐘は沈る うみのそこ」。
金崎宮と金ヶ崎城跡

恋の宮、金崎宮に参拝のあと

金ヶ崎城址と花換の小道を散歩。
次はどこ行こう。

ホテルでいただいた港敦賀観光まち歩きマップ。
敦賀市の市街地は、5km四方の間に入るようなのでどこでも歩いて行けんことはない。
氣比神宮

でも、体力温存のため自家用車で移動した。

近くの曹洞宗永賞寺にもお詣り。
戦国武将・大谷吉継の菩提寺だ。
再度、車で金ケ崎緑地の駐車場に移動。
敦賀市街地のいいところは、駅前以外はほぼ駐車場が完備されていて無料なところだ。
広い道路沿いには両側に無料で駐車できるところもある。

人道の港 敦賀ムゼウム。

第二次世界大戦中ナチスにより迫害をうけたユダヤ人の命を救うため、カウナスの日本領事館の副領事であった杉原千畝が外務省本省の意向を無視して発給し続けたビザ「命のビザ」。
このビザを持ったユダヤ人らが上陸したのがここ敦賀港であった。
シベリア鉄道、ウラジオストクから船の長旅を経て、最終目的地に向かうまでの束の間の平穏を、敦賀市民とのかかわりを展示やビデオ、また実際に救われたユダヤ人やその子孫のインタビューなどで振り返る。
ムゼウムはポーランド語で資料館。
是非とも観たかったが、残念、リニューアルのため休憩所になっていた。

自由への扉。

金ケ崎緑地。

灯台の時計台。

湾には、福井県警と海上自衛隊の船か停泊してる。
旧敦賀港駅舎。

中は、敦賀鉄道資料館になっており敦賀の鉄道に関する各種資料類が展示されている。

シベリア鉄道経由でヨーロッパ諸国と繋がる欧亜国際連絡列車の発着駅として賑わった時代の敦賀港駅駅舎を再現。

北前船モニュメントときらめきみなと館。

外観は船の煙突をイメージしたものとされ、中は博覧会のメインホールとして使われた広大なイベントホールのほか、日本海側の都市で初となる大型IMAX3Dシアターを備える。

福井県が生んだスーパースター・五木ひろしの洋鐘。

倉庫群。

倉庫と言えば後ろにレンガの倉庫が見えていた。
道路を渡って引き返そう。

その途中に萬象閣跡。
現在は、その場所に敦賀市民文化センターが建っていました。
敦賀赤レンガ倉庫到着。

観光資源として活用するため、竣工から110年にあたる2015年(平成27年)10月に再整備されオープン。
現在では南棟がレストラン館、北棟がジオラマ館、南側の敷地がオープンガーデンとなっている。
ジオラマ館では明治後期から昭和初期の敦賀の最盛期をHOゲージ鉄道模型などを利用することで再現している。

さらに敦賀市は鉄道遺産の街としての観光資源を整備するため、2018年(平成30年)5月、かつて小浜線を走っていたキハ28系を、それまでJR西日本から引き取り保存していた大阪市の運送業社から購入し北側隣接地の屋外に展示した。


みなとつるが山車会館。
山車は「だし」と読むが、ここは「やま」と読む。

敦賀まつりと山車をテーマとする博物館で、山車6基のほか、武者人形、鎧、兜、能面など、敦賀まつりに実際に使われる品々を展示する。
スクリーンシアターでは山車巡行祭の様子を撮影した作品「敦賀の歴史と伝統」を上映する。

建物の正面には大和田荘七の石像がある。
大和田荘七は、明治から昭和の初期にかけ敦賀港の開発振興に尽力され近代港湾の基礎を築いた。
偉大なる功績は永遠不滅である。

「もっと、にっこりして~。」
「誰に言うとるねん!」
「建物に…」
すぐ隣の敦賀市立博物館。

敦賀市立博物館は、福井県敦賀市にある歴史民俗系の博物館。

1927年(昭和2年)竣工の旧大和田銀行本店(国の重要文化財)を館施設として使用している。
晴明神社。

南北朝時代の金ヶ崎戦、さらには織田信長と朝倉氏との戦火からあつく敦賀を守った神社。
以来、防火の神として信仰を集める晴明神社。
賀茂忠行・賀茂保憲の親子に学び陰陽道(おんみょうどう)の大家となった安倍晴明にちなんだこの神社の拝殿には、陰陽道の研究に使ったとされる「祈念石」が鎮座している。
10世紀末をこの地で過ごし、天文学・地文学の研究を重ねたといわれている安倍晴明。

安倍晴明とは、平安中期の陰陽師で、今でも謎の人物とされている。
母親は人間ではなく狐であったともいわれ、幼いころから鬼の姿が見えたと伝えられている。
ひとつひとつの施設をじっくり観てまわったら、一日ではとても廻りきれない。
この行程を、半日で廻った。
神秘的な街・敦賀。
敦賀をぶらぶらして、敦賀がますますラブラブになった。

福井県のソウルフード、ソースカツ丼。
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